今回の講師は株式会社致知出版社代表取締役社長の藤尾秀昭氏。人間学を追究する雑誌『致知』の編集に取り組み30年。出逢いの中から見出した人間学について「出逢いの人間学」をテーマに語る。 成人の学問 人が人に成るための学問を成人の学と言います。人間は歳月を重ねていけば大人にはなりますが、成人にはなりません。成人になるということは人が人に成ることを言います。その成人になるための学問が2つあります。1つは、徳性を学ぶ学問です。人を愛し、尊敬する・恩を知り、恩に報いる・礼節の心を知る等、これは全て人間の徳性です。この徳性を学ぶ学問を人間学と言います。そして、もう1つの学問とは知識・技能を学ぶ学問です。人間は知識・技能を得たことで文明を発達させてきたのです。その知識・技能を学ぶ学問を時務学といいます。 両方の学問が人間には必要なのですが、あらゆるものには本と末があります。成人の学においてどちらが本学かと言いますと、徳性を養う人間学が本学なのです。知識・技能を学ぶ時務学を末学と言います。日本はこの60年、若い世代に一切人間学を教えず、時務学ばかり教えてきました。その弊害が今、私達が毎日見ているニュースになって現れているのです。このまま行けば、21世紀半ばで日本は無くなってしまうかもしれません。ですから私は、皆さんのような若い世代にこの徳性を学ぶ人間学をきちんと教えていかなければと思い、この学問の必要性を説いているのです。 心の根底に「憤」を持て 私が『致知』という雑誌を創って30年になります。30年間を振り返って思うのは、人生は出会いだということです。大きな魂を持った人にどれだけ出会うかが大切です。直接でなくとも、本を通してでも構いません。大きな魂を持った人の息吹に触れることで人間は成長していくのです。ですから人生は出会いなのです。 しかし、出会いというのは難しく、ただ出会っても出会いになりません。ただの出会いが良い出会いになるためには条件があるのです。それは心に「憤」の一字を持っているかどうかです。この「憤」を日本人は「憤る」と読む人が多いですが、もう一つ大事な意味があります。それは、感動・感激をするという意味です。この「憤」というのは人間を突き動かしてくれるエネルギーの源になるのではないかなと思います。どんな素晴らしい機械でもエネルギーが無ければ動きません。人間も同じです。どんなに頭のいい人でも、どんなに才能豊かな人でも、心の根底にこの「憤」を持っていない人がどんな素晴らしい人に出会っても、どんなに素晴らしい体験をしても、実を結んでいかないのではないかと思います。 この30年間、各界の一流と言われる方々と出会ってきました。その一流の方々には共通点があります。それは何歳になっても学び続けるということです。人間は進歩か退歩かのいずれかであって現状維持はありません。人間は無限の前進に駆けていかなければならないのです。 そして、人生は未見の親と出会う旅です。未見の我とは未だ見ていない自分のことです。20代で出会っていない自分には30代で出会います。30代で出会っていない自分には40代・50代というように人生はまだ出会っていない自分と出会っていく旅なのです。ですから皆さんも、永く学び続けていただければと思います。
代表の室舘が語る「今若者に求められる人間力」とは? 「人間力」と言っても社会では明確な定義がある訳ではありませんし、目に見えるものでもありません。私達は「人間力」を社会で活躍していくための人として総合力であるとし、5つの徳性を人間力の要素と定義いたしました...