今回の講師は矢野経済研究所特別顧問の矢野弾先生。
「現代社会と人間力」をテーマにお話しいただきました。
日本人の存在感
日本民族の根底にあるのは、勤勉、善意、調和です。
ヨーロッパなどの狩猟民族は嗅覚力、行動力、自己主張です。
「我あり」から入るわけです。
日本人は狩猟民族の嗅覚力、行動力、自己主張を、その勤勉、善意、調和の上にプラスしなければならないということです。
しかし、もっと大事なことは192の国、2000の民族は地球が壊れたら全てお終いだということです。
地球の平和、地球環境の安全、人類の生命を守る、これが日本の、国連の、世界の使命であるはずです。これをひたすらに追求し、守り抜いていくということが日本の立場であり、日本の存在感を作っていくと思います。
人間ルネッサンス
自由、平等、公正という20世紀の民主主義は
21世紀、自由、公正、自立(自律)という風に変わりました。
自立する人間、自立する企業、自立する国家たれということです。
朝新聞を開ければ、何処かで誰かが殺され、テレビをつければ誰かが深々とお詫びしている。
自立という言葉は遠のいてしまいました。
62年間かけて我々は倫理観を捨て、正義感を捨て、誇り、恥を捨ててきました。
今これを取り戻さなければならないのです。
昨年の1月、ある小学校で給食の時に、「なぜ給食費を払っているのに『いただきます』と言わせるのですか」と言う母親、父親がいるということを聞きました。
私達は共通の価値観、倫理観、正義感も誇りも恥も捨ててきたために、
垂直構造秩序社会から水平カジュアル個々欲望社会となってしまいました。まさに目的志向型社会です。自己目的のためには、親が子を殺し、子が親を殺し、友が友を殺す。
どこに人間尊重という心があるのだろうかと思います。
21世紀、心と感性と存在感の時代の前提は、人間尊重、人間再生、人間ルネッサンスになることでしょう。
人間信頼社会の構築へ
この社会で起こってきていることは、境界がどんどん無くなっていることです。
親と子の関係、上司と部下の関係、夫と妻の関係。
はじまりは24時間コンビニエンスストアです。自分の冷蔵庫が自分の街に出来た。
そうすると、家庭内の冷蔵庫はあまり使わないで買いに行きます。何時でもいいのですから。始めは普段着で行ったのが、いつの間にかパジャマの上にガウン、駆け足で行って買ってくる。ここには私と公という感覚が消えていきます。
それをさらに促進させたのが携帯電話です。電話は時間と空間を越えます。これも境界をとっていきます。公という感覚が失せていくのです。さらにインターネットはそれを促進させます。
これにより私達のルールと価値基準というのが全く水平化したのです。
電車の中で女性が化粧をする。男性がコンビニエンスストアで買ったものを歩きながら食べて駅の構内に捨てる。街が汚くなる。公と私が無くなり、自己中心主義という現実しかない。
こうした社会で、本当の意味の人間信頼社会を再度構築するためには、ルール、マナー、フェアということが必要になるわけです。
いい会社かどうかを見るときに、そこの会社のルールがきちっとしているか、マナーがきちっとしているかにつきます。そういう意味においては、皆様方もマナー、ルールを守るということが人間力そのものと言ってもいいのかもしれません。
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